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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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バンコク~ユーラシア街道・文明のオアシスの巻

»カテゴリ: タイ

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数百軒の安宿がひしめくカオサン通り(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 バンコクに着いた。眩いネオン、アジア最悪級の交通渋滞、交差点ごとに見つかる7イレブン、闇夜を切り裂く稲妻と豪雨。ここは24時間眠らない街、ユーラシア街道の文明のオアシス、高温多湿の雨季の都である。14年前、インドからの飛行機がバンコクに着陸したとき、乗客が一斉に拍手したのを覚えている。そして、2004年5月、僕はヤンゴンからここに着いて、久しぶりに味わう便利さに酔いしれた。
 僕も和華子もこの街に住む友人がいる。彼らは、日本企業の駐在員や日本企業を相手に取引をする企業に勤めている。「東南アジアのデトロイト」の異名を持つタイには、日本の自動車産業があらかた進出していて、それらの企業を相手にした部品産業やサービス業が一通りある。バンコクの在留邦人は5万人に上る、という。
 連絡を取ると、友人らはみな、「悪いけどスクンビット通りまで出てきてくれないか」と返事をした。僕らの宿のあるカオサン通りは市内の西端の位置する一方、日系社会が集うスクンビット通りからは数キロ東。交通渋滞がひどいバンコクでは、移動に1時間以上かかってもおかしくない。僕らは気ままな旅人だから時間はいくらでもある。毎晩のように友人らと約束をしては、市バスに乗って、バンコクを横断した。
 ある晩、大学の先輩と待ち合わせた。居酒屋の暖簾をくぐると、ワイシャツ姿のサラリーマンが焼酎を飲み交わし、割り箸で刺身をつまんでいる。店主の女性がワイシャツ姿の先輩を見つけて、声をかけた。10日バンコクで過ごしては、東京へ10日間の買出しに行く生活が3年続いている、と店主。日本野菜や日本米は、タイ北部で取れたものを買いつける。刺身のツマまで文句のつけようのない味だった。手に入らない食材を尋ねたら、「ミョウガぐらいですかね」と若いウェイターがしばらく思い巡らしてから答えた。
 また別の晩、和華子の大学の同級生とその友人と待ち合わせた。狭い階段を上ったところに、カウンターが見えて、新橋あたりの居酒屋に入った錯覚を覚えた。イカの沖漬けやしめ鯖とつまみながら、彼らと焼酎を飲み交わして、旅の話を聞いてもらった。ここで旅を終えて、帰国してしまっても、違和感がない気もする。
 そうして2週間を過ごし、僕らは夜汽車に乗って、再び旅に戻った。
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