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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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ヤンゴンからマンダレーへ~日本語を勉強するわけの巻

»カテゴリ: ミャンマー

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ヤンゴンの人は男も女も腰巻を着る(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki

 ヤンゴンは暑い。4月下旬のいまは一年で最も暑い時季だという。40度はあるだろうか。それでも今朝までいたバングラデシュのダッカに比べると、格段と歩きやすい。道ははるかに清潔だし、車の運転は穏やかだ。右折レーンが機能している国に来たのは、いつ以来だろう。それに、通行人に見つめられない、むやみに話しかけられない。バングラで過ごした1か月、首都だろうが離島だろうが、部屋から一歩出れば人に取り囲まれ、部屋にいてもノックもなしに従業員が入ってきた。天と地ほども違うとはこのことだろう。
 宿から1キロほど歩いて、アウンサン市場に行った。日本語で声がかかった。今までの癖で、即座にあしらおうとするが、強く出られない。相手が穏やかすぎるのだ。口調は丁寧だし、声色も表情も穏やかで、どうしてもきつく追い払えない。結局、23歳のマウンマウン君と茶屋でジュースを飲むことになった。落ち着いて話してみると、勉強して身につけた日本語だとわかった。夜学に通っているという。この街に6泊して、日本語を流暢に話す人とよく会った。マウンマウン君の叔母さんは8年間、東京に住んでいたとかで、上品な日本語を話したし、バス会社を2社訪ねると、両方とも日本語で応対された。それほど日本人の往来が多いとも思えないのに、どういうわけだろう。
 数日後、460キロ北上したミャンマー第二の都市、マンダレーで在住日本人と出会った。日本語教師としてマンダレーにやって来て、日本食レストランを経営する池田さん。日本語を習う動機は、職を得るといった実際的なものより、「おけいこ感覚が多い」という。
「この国は経済があまりよくないからね、会社に勤めても給料はあんまりよくないんですよ。マンダレーには日系企業も来ていないですし。だから、学校を出てからコンピューターとか日本語とかを習ったりして、その後は、家の商売をやったりするわけ」
 経済統計上は世界最貧国のミャンマーだが、マンダレーなどの都市部の生活実感は、ゆとりがあり、切羽詰った貧困のイメージとは遠い、と池田さんは言う。公定レートと市中レートに130倍も差があるのも、闇経済の大きさを物語っているのかもしれない。
「マンダレーの子はさ、うちの店で働いてもらおうとしても、来てくれませんよ。雇っているのは、みんな村の人。この国、実はけっこう豊かだと思いますよ」
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