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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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コックスバザール~2000年続いた仏教徒の巻

»カテゴリ: バングラデシュ

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仏教徒の子供たち。バロアとともにラカイン人がいる(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 コックスバザールの海岸は世界一長い。少なくてもバングラデシュの人はそう信じているようで、誰もがそう言う。確かに見事な海岸だった。一直線の浜がどこまでも続き、ベンガル湾の波が押し寄せる。サーフィンにちょうどよさそうだが、サーファーどころか水着姿もほとんどいない。都会風の女性はサリーのまま水に入る。波と戯れるサリーは西日に透けて、ボディーラインが目の当たりになる。
 バングラデシュをベンガル湾沿いに東に向かった小都市。けたたましいダッカやチッタゴンとは別世界だ。ミャンマーに近いこの地には、仏教寺院がいくつかある。目抜き通りのほど近くに、椰子の木立に囲まれ、切妻屋根が幾条にも重なる静かな境内があった。寺にいた少年が案内を買って出る。聞けば、先祖代々仏教徒だといい、「バロア」という。ベンガル語で仏教徒を意味するそうだ。仏教の発祥地はインドだが、その後廃れ、いま亜大陸には仏教徒は非常に少ない。その仏教徒にしても、チベット難民やアッサムの民族、独立後に改宗したいわゆる新仏教については見聞きしたが、「バロア」は初耳である。
 町外れにある小さな寺でバロアの青年に会った。僕が仏教徒だと言うと、家に誘ってくれた。訪れた家は、その名もバロア家という。この地方の仏教徒はみなバロアの姓を持つと、英語がうまい小学校教師の妹、ルマが説明する。バロアはベンガル語を話し、2000年前から一貫して仏教徒であった。その間、他のベンガル人がヒンズー教、のちにイスラム教に改宗するなか、信仰を守ってきたという。聞けば聞くほど興味深い人々である。
 ある日、バロア家を訪ねると、22歳の弟、アシュトシが「お母さんが君たちが食べたいものを作ったよ」と歓待してくれた。食卓を彩るカレーの小皿。カニだ。イスラム教は鱗のない魚介類を食べないから、この国ではふだん口にできない。それに豚肉もある。和華子と僕は大喜びして食べあさった。
 バロアの集落の人々は、穏やかだ。この国の人はすぐに打ち解け、気軽に家に誘ってくれるが、イスラム教徒は、気高く、質問攻めにする傾向がある。バロアは、明らかに違う。落ち着いていて微笑を絶やさない。ここから50キロばかり東へ向かえば、仏教圏が始まる。文明の分水嶺がここにもあった。
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