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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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ラホール~アジア横断「沈没宿」の巻

»カテゴリ: パキスタン

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ラホールの旅人たち(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 イードの祭りも終わりに近づいている。シャヒッドも勤め先のある町へ戻るようだし、いつまでも居候しているわけにもいかない。市内の安宿に移ることにした。別れ際に、普段は仏頂面のお母さんが僕の頬にキスをして、パンジャブ語でなにかを繰り返した。
 ラホールは、アジア横断をする旅人がだれしも通過するところである。この街を通らずして、パキスタンからインドへと抜けることはできないからだ。トルコから東へ向かってきた旅人の間で、よくラホールの安宿の名前が挙がってきた。リーガル・インターネット・イン。ラホールに着いたら、ここへ行くといい。なぜかどのガイドブックにも載らない人気宿がラホールにあるらしい。
 その宿は、雑居ビルの急な階段を登ったところにあった。思ったとおり、4階の広間に各地で会った旅人たちがたむろしていた。トルコから一緒に国境越えをしたチェコ人のイェルカ、イランでしばらくともに旅をした韓国人カップルのインシックとクックワ、テヘランの宿でいつも寝ていた韓国人のセクセク。
 みんな僕らよりだいぶ速く移動していたはずなのに、ラホールに溜まっていた。インシックたちはもう10日も「沈没」している。「あまりに居心地よすぎて離れられないんだ」。洗濯機、冷蔵庫、冷凍庫、台所がタダで使いたい放題、本はたくさんあるし、インターネットカフェも併設。無料市内ツアーまである。究極の「沈没宿」である。
 僕らもみごとに沈没してしまった。インドのビザを取るため、首都イスラマバードに発つはずが、明日、明日と引き伸ばしになり、とうとうラホールにいながらにして、代理申請する手はずを見つけてしまった。毎日、野菜を買い、料理をし、チェスを覚えて、昼寝をする。白菜キムチを自作したり、和華子の誕生会をしたり。朝から晩までトランプにはまる者、凧揚げに興じる者もいて、気分は昼下がりの幼稚園児である。
 気づけば2週間近く経っていた。インシックとクックワは、ふんぎりのつかない何人かとともにインドへ抜ける。僕らはパキスタンの滞在期限がしばらくある。イェルカとウェールズ人弁護士のスティーブと一緒の4人旅で、トライバル・エリアと呼ばれる「無法地帯」を望む地、ペシャワールへ行くことにした。

* インシックのホームページ(韓国語)
* クックワのホームページ(韓国語)
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