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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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デラガジカーン~凍える汽車、ヤギのカレーの巻

»カテゴリ: パキスタン

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会えずじまいだったカルマンの女家族たち(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 クエッタ発の急行に乗車。1等寝台を取った。降雪もあったクエッタから2等では、寒いと思ったのだが、甘かった。寝具も暖房もない。それに、窓がちゃんと閉まらない。バザールで毛布を買っておくべきだった。後の祭りである。
 夕方になって、腹が減ってきた。乗り合わせた軍人らしい若い男に、食堂車はあるか聞く。ない、との答え。イランでは、2等でも寝具も暖房も食堂もあった。パキスタンの鉄道はだいぶ勝手が違う。
「心配無用。食事はあるぞ」と軍人は、鉄の大きなトランクの蓋を外した。カレーが出てくる。ロティというパンも出てくる。別の乗客がガスバーナーを差し出し、カレーを加熱する。遠慮無用、どんどん食べて、と彼ら。ずうずうしくいただくことにした。
 クエッタの部隊から帰郷する陸軍中尉だった。歯切れがいい軍人口調だ。僕らがムルタンという町まで行くと言うと、「考え直したまえ」。明日からはイードと呼ばれる祝日。数日間は全ての店が閉まるのという。日本の正月のようなものらしい。
「いい案がある。自分の家に来たまえ。パキスタンの風習も学べていい機会と思うが」
 ありがたい誘いだが、会ったばかりで気が引ける。遠慮する僕に中尉殿は宣言した。
「あなたたちは我が国のゲスト。もてなすのは将校としての自分の義務である」
 大真面目な口調。面白くなってきたぞ。イエッサーと敬礼して、話に乗ることにした。
 凍える一夜。ほとんで眠れずに過ぎ、途中下車。デラガジカーンからカルマン中尉の車で田園地帯を走る。緑の絨毯のなか椰子が伸びる。荒涼とした砂の風景から脱した。
 カルマンの家は保守的である。和華子は家族の女たちと過ごすが、僕は会わせてもらえない。隣の部屋から女たちの笑い声が聞こえる中、僕はカルマンの4人の叔父たちから質問攻めだ。どんな学位はお持ちでしょう、お仕事は、ちなみに月給は、宗教はもしやイスラム教ですか? にこりともしないでこんな質問ばかりする。
 カレーが出てきた。今朝、家族の男たちが捌いたヤギ肉だという。とてもうまい。イードの祭りは、家族ごとにヤギを捌いて、モスクと貧者に配り、残りを家族で食す、とカルマン中尉。聞くと、僕より10歳も年下の23歳の若者だった。
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