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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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イスタンブール~あの日、あの時、あの道の巻

»カテゴリ: トルコ

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水晶の夜(2003年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 イスタンブールでイランの入国ビザを取ることにした。この旅で20もの国に入ったが、ビザが必要だった国はない。和華子は紺のスカーフを購入して、”イスラム共和国”に敬意を払って頭を覆った顔写真を撮ってもらった。
 午前中にイラン領事館で申請手続きを済ませた後、近所の銀行に寄るが自動支払機が故障している。他の銀行もみな故障していたので、現金を下ろせず、見物しようと思っていた宮殿に入れない。夕方になって、路面電車を待っていると、通りすがりの誰かが英語で「今日は走ってないぞ」と怒鳴って、立ち去った。妙な日だ、この時まではのんきにこんなことを考えていた。
 僕らがちょうどイラン領事館にいた頃、電車通りに面した英国領事館が爆破された。総領事含む館員14名が即死。ほぼ同時刻には、市北部の英国系銀行のトルコ本部ビルが爆破され、多数が死傷。いずれも、電車通りを進んで、現場近くに行ってから、警官や見物人に聞かされて初めて知ったことだ。この街で6日間に4件目の爆破テロである。
 ガラスの破片だらけの現場近くから、いま居候している和華子の友人の美智子・ベコ宅まで歩く。考えてみれば、今朝イラン領事館に出向く前、日本領事館に立ち寄っていた。位置関係は、北から南へ、居候先-日本領事館-英国領事館-イラン領事館となる。時間配分や移動手段の選択によっては、英国領事館付近をぶらぶら歩いていてもおかしくない。自分が巻き添えを食らう可能性が十分あったと今更ながら気づいた。
 1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きた。築地に近い勤務先に着いてから、近所で何か大惨事が起きたらしいと知った。僕が目をこすりながら有楽町線に乗っていた頃、日比谷線築地駅を出た辺りには大勢の死傷者が横たわっていた。
 たまたまある道を歩くと、高性能爆薬に焼かれ、別の道を歩くと銀行の支払機が故障していることに腹を立てている。たまたま日比谷線に乗って早目に出勤すると、毒ガスに息を止められ、遅刻寸前に有楽町線に乗ると、退勤後に新宿で泥酔している。
 僕らは今そういう世界に生きている。
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