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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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モンカイから東興へ~アジアの巨星・中国の巻

»カテゴリ: 中国

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国境の中国側。「三輪車」が客待ちする(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 中国が近づいている。中国人団体客がハロン湾の観光地を闊歩し、看板に漢字が目につく。夜に宿を出たら、赤い口紅の女たちが中国語で艶っぽい声をかけてきた。僕の顔は中国人に見えるらしく、いままでも世界各地で中国人に声をかけられてきた。
 国境の町モンカイは、いっそう中国色が強い。国境検問所に近い安宿では、英語は通じないが、中国語は通じる。僕の中国語はせいぜい値段を聞いて、返事がわかるぐらい。まごついていたら、従業員が「退房十二点」と書いて寄こした。チェックアウトは正午。ベトナム人なのに漢字も書ける。
 わずか20年数年前、中国はベトナムに侵攻した。いわゆる懲罰戦争である。90年代になり国境貿易が再開され、いまこの町ではショッピングセンターの建設が進み、売春床屋が目につく。モンカイの街を歩いて目にするのは、勃興するアジアの巨星・中国の影ばかりである。
 翌日、40日過ごしたベトナムを後にした。ベトナム側検問所から国境橋に出たら、対岸に「中華人民共和国」の赤い字が記された大きな門があった。中国に行くのは初めてだ。物価が高いと散々聞いていた。英語は全く通じないらしい。北京のサッカーファンが日本公使の乗った車を襲ったことが問題になっていた時期。どうにも不安である。
 国境検問所を出たところは、広西チワン族自治区東興市。雨がたたきつける街路に自転車リクシャとバイクタクシーがたむろしている。中国語で声がかかる。やるしかない。
「我們是日本人!我們要便宜的飯店!」(我々は日本人。安宿が必要である)
 運転手たちの視線が一斉に集まる。次の瞬間、口々に騒ぎ出す。四声を全く無視したデタラメ中国語だが、不思議と通じた。仕切り屋風の運転手と筆談。50元(約640円)の宿があるという。ベトナムと大して変わらない。合意して、バイクに跨り、雨の街を進む。連れて行かれた宿は70元。冷房、テレビ、シャワー、トイレ付きだから悪くない。宿代を払う段になり、また筆談。「押金」を払え、と言われている。デポジットのことらしい。筆談すれば、だいたい意思の疎通ができるのが楽しい。
 街の看板もだいたい分かる。食堂に入り、ぶっきらぼうに「シャウロンパウ、イーガ」と言い放つ。ちゃんと通じる。笑いを押し殺しながら、二人で不味い小龍包を食った。
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