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世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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ハロン湾~「僕があいつで、あいつが僕」の巻

»カテゴリ: ベトナム

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ハロン湾(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 ジョーの両親を乗せた小船は、ブンタウ沖を出てから8日間漂流した。母は妊娠中で、11か月の乳飲み子を抱えていた。餓死寸前だったらしい。ようやくイギリスの船に救出されたとき、食糧はもう尽きていた。
 階下にいるにこやかなお母さんがそんな経験をしたとは思いもしなかった。そして、彼女の腹の中にいたのは、さっきまで話をしたジョーの姉である。乳飲み子だったジョーの長姉は弁護士になったという。
 ジョーの父は、渋るイギリス船の船長を口説き落として、イギリスまで連れて行ってもらった。
「もし、イギリス船ではなくて、日本の船だったら、僕らはいま日本語で会話をしているだろうね」とジョーはそう言って、僕らは笑った。ジョーの両親と11か月の姉を乗せた船はイギリスに着いた。そこで彼は生まれ、のちにアメリカに移住したので、イギリスとアメリカの国籍を持っている。
「ある日、サイゴンの街を歩いていて、自転車に乗った同世代の男とすれ違って、ふと思ったよ。もしかすると、僕があいつで、あいつが僕だったかもしれないな、ってさ。妙な気分になったよ」
 僕にも思い当たる体験があった。5年前、16年ぶりに小学校時代を送ったカナダのバンクーバーに行った。連絡が取れた旧友は様変わりしていた。日本語ができなくなっていたのだ。僕が知っている頃の彼は、日本の流行に通じていて、英語がそれほど得意ではなかった。僕よりも何年か後にカナダに移ってきたからだ。16年後、彼は僕を連れて洒落たレストランに行き、ウェイトレスに気の利いたことを口にして、笑わせていた。奇妙な気がした。僕の両親が彼の両親のように、カナダに移住することにしていたら、僕は彼のようになっていたのかとふと思った。
 両親が脱出を諦めていたら、途中で捕まっていたら、死んでいたら、イギリスではない国に行っていたら・・・。人は親の決断や運命のさじ加減で別の国の人になったり、ならなかったりする。ジョーと僕は、夕陽の時間までそんな話をして過ごした。
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