Tanimichi World Blog

世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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マカオ

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MACAU, Sep 2004
* Macau
* Macau to Hong Kong

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Map courtesy of the U.S. Central Intelligence Agency.

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マカオから香港へ~バス6本、8時間の旅の巻

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車窓から見た深セン経済特区(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 香港に投票しに行くピーターと夜7時に香港郊外で落ち合うことにした。マカオから高速船に乗れば1時間弱で着くが、155パタカ(約2500円)もかかる。中国経由ならだいぶ安くなる。一日に2回国境越えをするのも面白そうだし、中国ルートで行ってみよう。
 午前10時半、宿から近い新馬路で市バスに乗る。流れは順調、20分で国境に着いた。国境の行列は長い。珠海に戻ったときは正午近くになっていた。さらに、うっかり遠回りするバスに乗ってしまい、1時間もかかって、香洲汽車站(バスターミナル)着。20分後の午後1時発深セン行き快巴(急行バス)が取れた。80元。菓子パンを買って乗車。すぐに睡魔に襲われた。
 バスが止まって目が覚めた。深セン経済特区の入口である。乗客は警察官に書類を見せている。入境許可書がないと立ち入れないのだ。前の席の学生たちは下ろされてしまった。許可書がなかったのだろう。僕らはパスポートを見せるだけ。バスは深セン市内に入った。女車掌が乗客に下車地点を聞いて回っている。皇崗口岸と紙に書いて示す。香港国境だ。
 ここで降りろと言われたのが福田汽車站。冷房が効いた立派なビルである。4時、市バス乗車。高速道路をいくつも経由し、芝生にそびえる高層住宅を見ながら、深センを縦断。ここは中国のロサンゼルスだ。1時間後、皇崗口岸着。巨大な国境検問所でエジプト人ばかりの行列に並び、滞在時間5時間の中国を出国。ここから香港側検問所までは専用バスに乗らないとならない。今日5本目のバスに乗る。
 発車したバスは、すぐに国境橋に入った。左側車線を走っている。もう日が暮れかかった道の左右に人家は見えない。香港の国境近辺は一般人立ち入り禁止になっている。5分後、香港側検問所着。3か月滞在許可がもらえた。また専用バスに戻り、さらに5分走ると終点。落馬洲という変な地名。両替所も商店も見当たらない、ただのバス停に下ろされた。間もなく元朗行きの市バスが滑り込んできた。高速道路を経由して、20分後、香港北郊のベッドタウン元朗に着いた。6時40分。8時間かかったが、なんとか約束の時間に間に合った。バス6本の運賃は総額で約100元。高速船利用に比べ1300円近く安くなった。閑人でないとできない芸当である。
* 深セン=センは土偏に「川」の字。

マカオ~アベニーダの香水の巻

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昼下がりの喫茶店(2004年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 繁華街の新馬路の外れに宿を取った。別名アベニーダ・デ・アルメイダ・リベイロ。狭い歩道をせわしく急ぐ人とすれ違いざまに、華やかな香りがした。反射的に振り返るが、もう誰かは分からない。最後に香水の匂いをかいだのはいつだろう。イスタンブールあたりだったような気がする。それからというもの、すれ違う人は、もっと湿っぽく、汗臭かった。羊肉やニンニクや葉巻の匂いがした。ここは西洋の飛び地なのだと思った。
 マカオは路地の街だ。適当なところで曲がり、麺粥屋や中華おでん屋の路地に入る。路地はそのままカーブしながら坂を上り、視界が開けたところに、ピンク色の教会が建っていた。丘の下は華南、上はリスボン。ここでは不思議と違和感なくつながっている。
 買い物客でにぎわう通りに洋書店を見つけて、入ってみたら、ポルトガル語の本ばかりだった。歴史書から雑誌まで、一通り揃う。分厚い装丁のマカオ年鑑があった。いまだにポルトガル人がマカオ政府の公務員を務めているようだ。植民地がなくなったからといって、本国に帰っても、職のあてがない人もいるのだろう。マカオでは、いまだにポルトガル語が公用語のひとつ。地元紙には、毎日のようにポルトガル人らしき名前の判事が署名した、民事訴訟の判決文要旨が載る。中国人同士の金銭トラブルをポルトガル人判事がポルトガル語で裁く有様を思い描くと妙な気もする。それにしても、この本屋、静かである。
 坂道を上がったり下ったりして、ファストフード店に入った。僕らの前に白人の恰幅のいい女性が英語で注文している。肘で挟んだ紙袋にさっき入った本屋のロゴが見える。ここの店員はポルトガル語ができないのか。ノー、イングリッシュ・オンリー。苦笑いしてそう答える。どことなくバツが悪そうな表情に見える。
 この街に飛び交う言葉は何種類あるのだろう。広東語、北京語、英語、ポルトガル語。大阪弁も何度か耳にした。ロシア語らしき言葉を話す金髪女もいたし、タガログ語も聞こえた。露天の新聞売りに慣れてきた北京語で値段を聞く。返事も北京語。英語でどうして表示価格よりも高いんだと文句を言う。香港紙だから仕方ないでしょ、と英語の返事。僕が日本語でぼやくと、コレ3ドル、マカオノ新聞、安イ。僕はどういうわけか、こういうごちゃ混ぜなマカオがとてもいとおしく感じる。
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