Tanimichi World Blog

世界32か国、16か月の旅。

ユーラシア横断陸路の旅 まえがき

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北キプロス

»カテゴリ: 北キプロス

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NORTHERN CYPRUS, Dec 2003
* Girne
* Lefkosa (1)#
* Lefkosa (2)#
# 写真撮影地。Photograph by Wakako Takatsuki

20050106220200.gif

Map courtesy of the U.S. Central Intelligence Agency.

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ニコシア~「運命が決まる日」の巻

»カテゴリ: 北キプロス

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選挙結果を報じるテレビに食い入るキプロスの人たち(2003年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 僕らがニコシアを訪れたこの日は、選挙投票日であった。昨日の地元紙に「運命が決まる日」と大見出しがあって、初めて知った。
 2004年5月に「南」が欧州連合に加盟する。分断が続けば、南北の経済格差は広がるばかり。そんな背景もあって、慌しく統一機運が高まっている。今日の選挙の結果、統一派が「北」の国会の議席で過半数を占めれば、早期に統一が実現する予定だ。
 この日の夕方、キプロス人の女性にパーティーに誘われた。高校教師の彼女が友人と統一派の勝利を願って集まる趣旨らしい。願ってもない機会にニコシア郊外の邸宅に連れて行ってもらう。20代の学生や若い社会人が集まるくつろいだムード。焼かれたばかりのバーベキューが次々に運ばれてくる。隣に座った女子大生がソーセージを口に運ぼうとした僕を制して、「あの、豚肉、大丈夫ですか」。「北」の住民はトルコ系がほとんどだから、豚肉を食さないイスラム教徒のはず。冗談かと思ったら、本当に豚肉だと言うから驚いた。
「私たちトルコ人じゃないですから」
 統一派の彼らは、本土のトルコ人とは生活風習や考え方が異なると言う。「南」のギリシア系とは宗教は違うが、通じ合える。一方で、反対派は、分断後に本土から移住してきたトルコ人や公務員が主体。国の将来を考えれば、統一しかない、となるようだ。
 彼らは裕福そうな若者で「北」の住民の声をどこまで反映しているのか分からない。内戦中の民族虐殺を経験した世代は、「南」への憎悪も強いかもしれない。ただ、熱っぽく語る彼らに、部外者が口にするのははばかれた。
 夜10時になって、部屋の隅のテレビに人が集まり出した。暗い口調が漏れる。最終結果は、両派が25議席ずつ取り合う、完全な引き分けだった。
「トルコ系キプロス人は終わりだ」
 傍らにいた青年がつぶやく。
 今後、どうなると思うか。
「本土の連中が決めるしかないだろうよ」
 彼はそう投げやりに答えると、そのまま玄関へ夜の街に出て行った。

ニコシア~世界最後の分断首都の巻

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金網の外に「南」の首都が見えた(2003年)
Photograph by Wakako Takatsuki


 トルコの地中海岸の港町からフェリーに乗って、地図に載っていない国にやってきた。北キプロス・トルコ共和国という。地中海に浮かぶキプロス島の北半分を実効支配しているが、トルコを除き、どの国も正統な国家として承認していない。だから、普通の地図には載らない幻の国なのだ。
 北キプロス側の船着場には、ちゃんと入国審査場があった。係員に入国印をパスポートではなく、別紙に押すように頼む。そうしないと、今後ギリシアに入国できなくなると聞いたからだ。係員は露骨に嫌な顔をして、滞在目的や宿泊先を矢継ぎ早に問いただしてきた。別紙に押された入国印には、トルコ語の国名を略したKKTCとある。
 キプロス島はイギリスから独立後、しばらくはギリシア系とトルコ系の島民が共存していたが、70年代に内戦が始まった。ギリシア、トルコの両軍が介入し、トルコ軍が占領した北部に北キプロス・トルコ共和国が誕生したのが1978年である。南半分は国際的に承認されたキプロス共和国が実効支配している。島には両軍が駐屯したままだ。
 ギルネの港に宿を取って、首都ニコシアに向かった。旧市街の外れに寂れた道があって、ここを進んだところに国境事務所があった。両国の分断線は首都の旧市街をきれいに南北に分ける形で横断している。ニコシアは「南」のキプロス共和国の首都でもあるのだ。事務所で「南」に渡れるのかどうか聞いてみた。
「『南』に行きたければ、そこの道を歩いていけばいいけど。ただ、そんなことをしたらギリシア人に撃たれるかもしれませんよ」
「北」は出国を制限しないが、「南」の政府は入国を許さないということらしい。後で知ったのだが、「南」から入国した旅行者は、夕方5時までに戻るなら越境できるし、島民はそれぞれ越境可能だ(「南」の住民は3日まで、「北」の住民は20時間までと滞在できる時間に格差がある)。
 事務所でもらった地図を頼りに、分断線にじかに接する公園に行ってみた。金網の真下は絶壁になっていて、「南」の道を見下ろす格好になる。ごく普通に乗用車が行き交い、通行人も歩いているのが間近に迫っていた。
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